政策

  • 子供はのびのびと、親も先生もゆとりのある社会に
  • 医療・介護・福祉の充実、安心のネットワーク化
  • 食の安全と自給、環境のためにも農業を支援します。
  • 地域の企業・産業が、国内・世界と競えるよう応援します。
  • 海、山、川のかけがえのない自然を大切にします。
  • 「南北道」が早期に整備されるように
  • ブロードバンド環境が充実するように
皆さまのお気持ち、現場の声をしっかりと伺い一生懸命頑張ります。

 

掛川の街のすべてが美術館

 どなたもそうだと思いますが、センスの良い服やアクセサリー、好みに合った家、おしゃれな車、好きな色、どれも自分がカッコいい、綺麗だと感じるものを欲しい、身に付けたいと思うのは当たり前だと思います。美の追求ですよね。それに個性や芸術的センスやそれぞれの価値観が供わったりして人は豊かさを感じると思います。
  私は、街も同じべきだと思います。ありとあらゆるものが美を追求し、芸術的・文化的センスに溢れている街になったらどれだけ素晴らしいかと思います。公共的な建物はもちろん、海や山の周辺の環境も含めてです。そんな街の中のいたる所にオブジェがあったり、その場の景観に合わせたセンスの良い建物があったり、色々な色の道路があったりしたらとても楽しいと思います。私は掛川の街全体が、そんな風景に彩られた街になることを夢描いています。

20代の頃、45日間かけてヨーロッパの国々9カ国を旅したことがあります。いわゆるバックパッカーですね。ロンドンの聖堂、ライン川、ザルツブルグの音楽祭、スイスの山々、モナコの海…、そこで見た景色や体験は、どれも素敵な風景画のように鮮明に残っています。同じ様に印象的だったのが、何気ない日常の風景にある空間や人工物の美術的センスの素晴らしさでした。芝生に囲まれた公園だったり、石畳の道だったり、川辺からの月の眺望といい、街にある橋や街灯一つにも芸術的な雰囲気がありました。視界的に邪魔をするものがないというか、どれも自然や風景に溶け込むようにたたずんでいて、広告用の大きな看板も少かったですね。自然や地形的な線を大切に活かしていて、それに歴史や文化的要素、芸術的な美しさが加わって、どれも1つの芸術的な作品になりそうな風景が多かったです。

前の仕事で、一流の芸術家の方々と何度かご一緒させて頂く機会がありました。市内の名所にご案内をしながら何気ない場所で「この色は良い」とか「この景色は良い」というお話をよく伺いました。掛川の印象で多かったのが「お茶畑の造形美も含めて緑が綺麗」という言葉でした。お城の周辺をご案内した建築家の方が「川(逆川)がいいね。それとお城から駅まで下っていく道の角度がいい」とおっしゃったのは印象的でした。何か特別な事をするのではなく、本来ある美しさを見極め、芸術的文化的エッセンスを加え活かしていく。それだけで素敵な街は創られていくのだと感じました。
  掛川は、自然豊かで歴史や伝統的文化も息づく街です。コンクリートで固めるばかりではなく自然が持つ美しさを大切にした方がいいですし、モナコのような海を目指してもいいと思います。それを舞台に、海沿いが波乗りの若者達の街になったり、山が体験の森になるのも楽しい。楽器メーカーやコンサートの聖地があるのですから、もっと音楽イベントがあってもいいと思います。
  住んでも良い、訪れても良い、品格のある美しい街にしたいですね。その力になりたいと思っています。

掛川の未来を考える

子供達がイキイキしている『ふるさと』を取り戻そう!
先週末、横須賀で子供達だけの手によるお祭り ちいねり が行われました。花作りから太鼓の練習、当日の運行を中学生以下の子供達だけで行う全国でも珍しいお祭りで、今年の「ふるさとイベント大賞」でも奨励賞を受賞し、NHKも取材に訪れました。
熱中する子供達の活き活きとした表情を見ながら、子供とは本来こういう空間や環境にあるべきだと感じました。同じ法被・同じ町の祢里(屋台)、自分の子ではなくても同じ様に見守ってくれるであろう信用できる大人。そこには今日の実社会では感じられなくなった普通の安心感があります。  先日もある大東の方から「最近は休みに外で遊ぶ子供達を見なくなった」というお話を伺ったばかりで、確かに子供同士を遊ばせるにも親同士がアポイントを取る時代ですし、学校等からの不審者メールが回ってくる度、子供を完全に安心出来る監視下に置こうとしてしまうのも親としたら当然なのかもしれません。
子供にせがまれてよく行く「たまりーな」の公園にも、同じ雰囲気を感じます。こんな公園のためだったら税金を使ってくれても良いと思う人は少なくないと思っています。

掛川の未来を考える2

病院の先生と学校の先生と市役所の方々
先日までに、市役所の全ての部の部長さんと各ご担当の方から、今の市政の課題と今後の展望について勉強させていただく機会に恵まれました。 予算が限られている中、どの分野でも苦心されている状況を伺い、今日の行政の方向性と選択の難しさを感じました。中でも福祉関係のお話にはショッキングな内容もあり、改めて生活弱者へのサポート体制の重要性を再認識させられました。お話を伺いながら、皆さんが誰よりも現場を熟知されていて、その上で「何とか市民のために尽くそう」とする高い意識を持った方々だと実感しました。
お昼に庁内の食堂で会った職員の友人から「最近市民からの要求が大変で精神的肉体的にキツイ」という話を聞きました。この前も教師をされている知人から、学校の先生方の現場での大変さと余裕の無さを伺ったばかりで、諸々の話を伺いながら、病院と学校と市役所の現場には似ている所があると感じました。
今の社会には「個人の権利」というあいまいな大義のもと、「公」に対する批判や要求が何をしても許されてしまいそうな危険な雰囲気があります。この風潮に、財政難から来る行財政の効率化も追い打ちとなって、それぞれの現場の方々を時間的、精神的、肉体的に追い込んでしまっているのではないでしょうか。確かに患者さんや子供、市民が第一です。しかし同時に、医師や看護士や介護スタッフ、教師、公務員の方々が心身ともに健康でゆとりが無ければ、十分な診察やケアも出来ないでしょうし、豊かな教育もままならないのではないでしょうか。
病院や学校の基本方針は、県の「保健医療計画」や教育プランによる所が多いですが、一概に効率化やスリム化といった物差しで考えるのではなく、現場の方々の状況にも十分な配慮がなされるべきだと思います。そうしないと、市民一人一人に光が当たる地域社会は実現しないと思っています。

政策

増田享大(ますだたかひろ)

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